越後の上杉氏と山ノ内氏は、「年来礼儀正しく、御仲睦まじ」い間柄であった。上杉氏は、芦名氏に代わって会津を治める野望を持ち、国境に位置する山ノ内氏に対しては宗主国のような態度で臨んでいた。...
米沢を居城とする伊達政宗は、仙道(中通り)を勢力下にし、ついに天正17年(1589)6月、会津に侵攻し磐梯山麓の摺上原で芦名氏との一大決戦となった。戦闘はほぼ2時間で伊達軍の大勝となり、数日後...
源頼朝の奥州平定(文治5年1189)により、それまで磐梯山慧日寺の勢力だった会津地方は、会津四家(山ノ内・佐原(芦名)・長沼・河原田)と呼ばれる頼朝家臣に与えられた。...