私は特に「温泉愛好家」というわけではない。ただ、定期的に奥会津をたずねる仕事があったので、任務が終了すると出来るだけ違う温泉に行くことにした。それは、自分へのご褒美ではないけれど、ささやかな“楽しみ”として。
その任務はかなりあったのだが、毎回出来るだけ初めて訪ねる温泉に行くことにした。しかし、その日帰り温泉の数の多いこと。
金山町には「八町温泉」があって、男女混浴。気になっていたので、昭和村を訪ねた時に年配の男性に尋ねたことがあった。
「八町温泉に行ってみたいのですが、混浴ですよね?」
すると、その方は「ああ、行ってみればいい。ばあ様入ってっかもしんにぇがら‥‥‥」
それを聞いては「よし、じゃあ是非行ってみよう」という気にもなれず、八町温泉のバス停を通り過ぎる度に「ばあ様なぁ、今日あたり入っているかな?」などと思ったのだ。
その温泉を初めて訪れた時、私以外誰もいない独り占めの大きな湯船に、こんな素晴らしい温泉があったとは、と感激した。川のせせらぎの音を聞きなが坂を下ったところにある温泉小屋?の風情はもちろん、地元の方々が大事にしていることと遠方からの温泉愛好家の「温泉愛」が感じられて、とても心地良い。そして、ありがたい。
私の「ご褒美温泉」入浴時間は、30分以内。なので、入浴料金が500円を超えたりすると「ああ、今日はゼイタクをしたなぁ。」と思う。その入浴料金だが、おおよそ0円から700円であった。0円というのは、正確には貯金箱のような小さな箱が柱に固定されていて、「寸志をお願いします」とか「200円以上ご協力下さい」と小さく添え書きがあったりする。誰もいないのだからその貼り紙を無きモノとして湯に浸かろう、とはならないのが人情というか、お天道様が見ているというのか、小銭をポケットにしのばせて行くのがルールだ。
ところが、その「貯金箱」みたいなのが無い温泉があったのだ。「貯金箱」どころか、温泉の表示さえない。この小さな建物は何だろう、という好奇心で覗いてみたら、そこは温泉であった。頭の中が真っ白くなった。否、頭髪はとうに白くなっている。駐車場に車は無かった、脱衣所を見ても誰も入っている気配はない。ただ、そこにも小さな貼り紙があって「村民以外はご遠慮下さい。」とある。しかし、どうしても、この温泉に入ってみたくて仕方がなかった。当然ながら私はその村人ではない。温泉に入っていて、その村の長老たちが入ってきて「お前は何者だ?貼り紙を見なかったのか?」などと無防備な姿の私が詰問される様を想像したら、情けなくなった。しかしながら、温泉の誘惑には敵わない。えいっとばかりに勝手に入ってしまった。
その後も、完璧0円の温泉に勝手に入っていることのためらいというのか罪悪感を抱きながらも何回も利用させて頂いた。
ところがある日、「今日も独りだわい」などと余裕で入っていると、地元の方が入って来たのだ!と申しますか、入浴にいらっしゃったのでした。
すると、その方は「どこから来た?」というので、私は、うつむきながら正直に答えた。「ああ、そうか」と一言。その後、世間話をするような雰囲気でもなく、しばらくして「お先に失礼します」と挨拶をして私はその場を後にした。
ここ数年その“秘”湯を訪ねていない。無性にあの温泉に入ってみたいと思う。出来れば独りで。しかしながら、「村民専用」なのだ。その“村民”の定義も地方自治体としての“村”ではなく、地元の単一の集落のような気がする。
どうにかして、あの“秘”湯に入りたいのだ。菓子折か一升瓶を手に、再び訪れてその村の長老に会いに行くしかないか。
その長老に会いに行くことから、私の奥会津への小さな温泉旅がはじまる。