数年前に中央紙の新聞記者より取材を受ける機会がありました。
転勤で福島に赴任してきた記者は、県内を廻ってみて図書館・書店が少なすぎることを、3回シリーズで記事にしてくれました。偶然にもこの記事の連載中に、地方紙でも全国の図書館の現状について大きく取り上げてくれたことは、図書館関係者にとっては大変うれしいことでした。
会津地方の図書館状況・書店・学校図書館などについて、長時間話をしていると記者から「図書館のない町村に暮らしている住民は、なぜ自治体に要求しないのか?」と問われました。記者は首都圏育ちで、幼少期から「図書館の子」だったそうで、人生の中で図書館のない生活など考えられないと言います。
私は「生まれてからずっと図書館のある生活をしてこなかった人にとっては、生活に必要な場所ではないのです。」と答えました。幼い頃から毎日のように図書館に行き、読書の楽しみや知ることの大切さを感じている人と、一度も図書館を利用したことのない人では、必要な度合いが大きく違ってきます。
このことについては、東日本大震災後に体験として感じたことです。
当時私は県立高校の学校司書として勤務していて、3月末の定年退職に向けて仕事の整理をする日々を送っていました。震災後14日から、体育館で避難してきた人々を受け入れ、今までになかった日常が始まりました。
県の人事異動が停止されて、4月からも仕事を続けることとなり、異例の中で模索する日々でした。避難指定地域に立地していた高校は、県内各地でサテライト校として開校することとなり、私の勤務校にも双葉高校が同居することになりました。教師は別ですが、図書館と保健室は2校の生徒が一緒に利用していくことで新学期が始まりました。双葉高校は東京電力福島第一原子力発電所の立地する自治体にある高校で、生徒たちの家族は原発関係者も多く、公共図書館も充実しているところが多かったようです。
原発のお蔭で財政が豊かな自治体が多く、学校図書館も整備されていて司書が配置されているところも多いのでした。子どもたちも幼い頃から図書館を利用し、読書に親しんでいました。
このような環境が一変し、知らない土地で暮らしながら避難所から通学する高校生活を送ることになった生徒さんたちでした。困難な中での学校生活で、図書館を利用してくれるのかどうか疑わしく思っていましたが、それは杞憂でした。多くの生徒が、自分のみならず家族の分まで利用してくれました。これは、幼い頃から図書館を利用する習慣があり、読書の価値を知っているからだと思われました。人間は困難な状況に置かれている時ほど、楽しいことを求めていると感じさせられました。
図書館は資料を利用してもらうだけでなく、地域の歴史や文化を保存し、伝えていくことも役割のひとつです。住民が生涯学び続けるためにも必要な施設です。
図書館がある街で生活するか否かで、住民の人生は大きく変わってしまいます。一冊の本との出会いが、その後の人生に大きな影響を与える若い世代にこそ、図書館はなくてはならないものではないでしょうか。
奥会津は書店も少なく、コンビニがない地域もあり、本はおろか、雑誌を立ち読みした経験さえない子どもがいます。このような地域性からも、奥会津には図書館が必要だと強く訴えたいと思います。
子どもの読書環境を整えていくのは、私たち大人の責任だと考えています。どこで育っても、先の新聞記者のように「私は図書館の子で育ちました。」と大声で言える人を増やしていく環境を作っていきたいものです。