2023.03.15 オピニオン

人間の世界が、感染症やら紛争やらと騒々しく動いているのをよそに、私たちを取り巻く自然は、決して間違うことなく確実に季節を変化させている。

秋分の日が近づくと、田んぼの畔の同じ場所に彼岸花が赤い花を咲かせ、小屋の脇の一角には毎年のように露草の一群が鮮やかな青色の花びらをのぞかせる。

秋草を濡らす朝露がしだいに霜へと変わっていくころ、山の木々は紅葉を落とす。

秋は、山仕事が忙しくなる時期だ。特に奥会津は積雪が多く、冬は伐採ができない現場もあるため、雪が降る前に何とかしてほしいという依頼が多い。

伐採した材料を建築材などに使うには、天然乾燥しかない時代には伐採時期は重要だった。葉や芽が出て成長する春から夏にかけての時期は樹木も水分を多く含んでいるため、木の伐採は、(秋) 彼岸から(春) 彼岸まで、とされていた。山で伐られた材は馬や雪ソリを使って運搬され、そのままでは運べないような大きな丸太は山で木挽きをして板にしたという。馬がソリを引いて木を運搬している情景は、自分も子供のころの記憶としてうっすらと残っている。

また、月の満ち欠けが樹木の水の吸い上げに影響するということも言われている。満月から新月に向かう時期は次第に木が水を吸い上げる力が弱まり、新月から満月に向かうときにはまた水を吸い上げるといわれる。それに従えば、新月直前に伐採すると、樹木が一番乾燥した状態で手に入れることができるわけだ。これは「新月伐採」と呼ばれ、かつて実践されていたこともあるとも聞く。「新月伐採」という言葉はどことなくロマンチックで、宇宙的なストーリーさえ感じられるので、最近自然志向の若い人たちのイベントとして行われたりもしている。

うちの木こりはその手のことにはあまりこだわらないのだが、実際の伐採現場で新月の影響らしい体験をしている。数年前に杉の木の伐採作業をしていたときのことなのだが、それは新月に向かう時間帯だったらしい。あらかた伐り終わったあと、昼飯を食べて一服して休んでいた。しばらくしてから、次の作業に入ろうとふと切り株を見ると、切り口に、根元から上がってきた水が表面張力でこぼれずに盛り上がってたまっていたという。たぶんあれが新月の影響だったのだろうと伐採仲間と話していたそうだ。

水分の吸い上げもそうだが、木々は、どうやって季節の推移を感知するのだろう。紅葉も、気温の寒暖差が大きいほどあざやかな赤や黄色に変化するわけで、それには気温差が関係しているのだろうということはわかる。では、春の芽吹きは?気温がどれくらい上昇し、どれくらい続くと木々が芽を出すのだろうか。さらに不思議なことは、このあたりの山で春にいちばん先に緑に芽吹くのはブナで、次に落葉松が続き、しだいにあちこちに野生の山桜が咲き始める。毎年その順序は決まっている。木々も、草も、自然の大きな流れに従って生き、枯れ、次の代へと子孫を残す。その仕組みは、人間の知恵や思惑をはるかに超えるものだ。というより、人間はその能力を何かと引き換えにしてしまったがゆえに、こうやって悩み苦しんでいるのかもしれない。

世界的なエネルギー高騰の中で、冬がやってきた。