2026.01.15 奥会津に生きる

雪国では、雪の中で納豆を発酵させる不思議な方法が伝えられている。

三島町間方の菅家アイ子さん、菅家春江さんが、「雪納豆」を作ってくださるという。2月の厳寒期だった。

小降りになった雪の中で、お二人は1メートルほどの深さの雪穴を掘り、中にクタダラ(クズ藁)を敷き詰めて雪室を準備すると、豆の匂いが充満する屋内での作業に移った。

アイ子さんが編んでおいた藁ヅトを開くと、春江さんがアツアツの煮豆をしゃもじで入れる。すかさずアイ子さんが一条の水を注ぎ入れ、藁を小さな輪にして結んだ「ヨメ」を載せてツトを閉じ、一気に藁でクロスさせて大きな布袋に放り込む。布袋は温度が下がらないようにストーブのそばに置いてある。

藁を丸く輪にして結んだ「ヨメ」は、おまじないのように載せたのではなく、実は深い理由があった。

「嫁さまはオラ家さ入ってくれて子ども産んでくれたり、大事だからなぁ、こうして一番上に乗せて大事に包んでおくの。嫁さまは大事だぞぉ」。

さらに「ヨメ」は納豆菌も増やすので、発酵がうまくいくのだという。

雪の中でも温度が下がらないよう、熱い豆に水を差してから閉じると発熱するのだというが、意外な工程に驚いた。

とにかく、煮豆の温度を下げないことが重要だという。一連の作業を必ず二人で向き合ってするのは、親から子へ、嫁へと、その工程を伝えるための必然の共同作業だった。

スピードが重視される作業だから瞬く間に終わって、ぱんぱんになるほどの大きな布袋を担いで準備しておいた雪室に入れる。蓋の代わりにクタダラをたくさん押し込んで、その上から大量の雪をかけて室を封じる。ここまではとにかくスピードが肝心だ。

「おめぇ、固く踏んでくんつぇ」と、私の出番がようやく来た。この体重が大事な道具なのだ。

「もっとぎゅっぎゅっと踏まねぇとダメだ」

適切な道具のせいで、雪室は板のように硬くなった。

そして三日目の朝、硬かった雪室の蓋はズクズクに解け始めていた。それをかき分けて布袋を掘り出すと、ほっこりと温かい。

冷たいはずの雪の中に、湯気立つほどの別世界が生まれていた。

雪の中から出てきた温かいモノは、お二人の笑顔の温かさと同じもののようで、なぜだか涙がこぼれそうになった。

ツトを持つ菅家アイ子さん
ツトを持つ菅家アイ子さん
(月刊会津嶺 2026年1月号【風・奥会津】より転載)

アツアツのご飯や煮物、漬物などのご馳走が並んだ食卓に、どんぶりが出ていて、ここからもスピードが求められる。

「ほら、ツトから出したら、すぐ箸で混ぜらしぇ。糸が切れねぇように醤油ではなく塩振ってな」

「あったけぇうちにご飯さかけて、すぐ食わっしぇ」

ツトを開けると湯気が立っている。信じられない思いで見つめていると、アイ子さんと春江さんから次々と指示が出る。できたての一番おいしい瞬間を逃さず食べさせようと一生懸命なのだ。

湯気も一緒に食す塩味の納豆は、それまで経験したことのない上品でまろやかな、豆の香りが深い絶品だった。

あの味に再び会えないまま10数年が過ぎた。